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KAISEIブログ - 「校長式辞」 開星高等学校卒業式より

「校長式辞」 開星高等学校卒業式より

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校長より
 
2016/3/2 7:00
3月1日、開星高等学校の卒業式が挙行されました。
校長先生より、式辞の中で「恩師に出会うこと」についてのお話をいただきました。 
以下にその校長式辞の全文を掲載いたします。


弥生3月を思いがけない雪景色の朝で迎えました。春先の「木の芽冷え」というよりは冬のような寒さです。しかし、3月の声を聞くと、ヒバリやウグイスの初鳴きが楽しみになります。天地自然の営みは、間もなく風光る春の訪れをもたらしてくれると思います。

そうしたこのよき日、ご来賓の皆様、そして、卒業生の保護者の皆様のご臨席をいただき、「平成27年度 開星高等学校 卒業証書授与式」を挙行できますことは、私ども本校職員にとりまして、誠に喜びとするところでございます。本校を代表いたしまして、深く感謝申し上げます。

さて、3年生の皆さん、卒業おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

この式の後半に歌います式歌「仰げば尊し」にもありますように、恩師を持つことは、大切です。この3年間、あるいは6年間、本校で恩師に出会った人もいるでしょうし、すでに本校に入学する前に恩師を得ることができた人もいるでしょう。また、今後、進学先や職場で恩師とめぐり合うこともあるでしょう。そうした恩師に出会い、その教えやつながりを大切にすることは、人生においてとても重要です。

私にも、数人のありがたい恩師がいます。ここでは、その中からお二人を紹介します。毎朝、このご両人のメルマガを受信し、それを読んで、その日の活力をいただいています。6時50分に配信されるのが「鍵山秀三郎一日一話」。これは、鍵山秀三郎先生が相談役を務めていらっしゃる「日本を美しくする会」の配信です。そして、7時ちょうどに配信されるのが「上甲晃塾長一日一語」。こちらは、上甲晃先生が設立された「志ネットワーク」の配信です。

このお二人の出会いを紹介します。上甲先生は、松下電機産業、現在のパナソニックでサラリーマンをされていましたが、昭和56年、1981年、松下電器産業の創立者である松下幸之助氏が私財を投じて設立した松下政経塾に出向することになりました。松下政経塾は、松下幸之助氏が、新しい国家経営を推進できる有望な政治家の育成をめざして立ちあげられた私塾です。

「経営の神様」と謳われた松下幸之助氏は、「経営学の勉強だけをしても経営者にはなれない」というのが持論でした。同様に、松下政経塾でも、塾生に対して、「君たちは政治学の勉強をしただけでは政治はできないよ。それよりも立派な政治家になるための大事な勉強は徹底した掃除だ」と熱心に説かれていました。

ところが、塾生は、高い競争率の中、人物本位で選考された若者ですが、いわゆる学歴エリートと呼ばれる人がほとんどで、それまで熱心に掃除に取り組んだこともなければ、掃除が人生の大事な勉強ということが理解できない人ばかりでした。

松下政経塾で、現場の指導を任された上甲先生は、松下幸之助氏の思いを塾生に理解させ、取り組ませるのに大変苦労されていました。万策尽きて途方に暮れていた時、たまたま、松下電器産業時代の部下に、「松下幸之助さんが政経塾に来るたびに掃除をせいと言うけれど、塾生は理屈ばかりこねて誰も積極的に掃除をしようとしない。困ったものだ」と思わず愚痴をこぼされました。すると、その人は「うちのお取引先に面白い経営者がいらっしゃいます。お掃除にとても熱心に取り組まれています。一度会ってみませんか」と助言してくれました。その紹介された経営者が、鍵山秀三郎先生です。当時は、イエローハットの前身、ローヤルというカー用品販売会社の社長をされていました。今から、約30年前のことです。

上甲先生が、鍵山先生に初めてお会いに行く時のことです。ローヤルの本社がある最寄りの駅を出た所に一人で一所懸命掃除をしている男性がいました。その人に「ローヤルはどこですか?」と尋ねたら、「すぐそこです」と言って道案内をしてくれました。道すがら「そこの社長にお目にかかりに行くところです」と言うと、「社長は私です」という言葉が返ってきて、上甲先生は、あの時の驚きは今も忘れないとおしゃっています。

早速、掃除の実践を見学された上甲先生は、何もかもが目から鱗であったそうです。最も思い知らされたのが、政経塾の塾生が掃除をしない一番の理由は、指導する自分自身が掃除の意義ややり方をわかっていなかったということでした。自分がよくわからないままに強制的に掃除をやらせるから、ますます反発されて、塾生との対立関係が深まっていくことが理解でき、さらに、実社会で通用する本当の勉強や努力とは何かを鍵山先生の掃除から学ばれたそうです。

こうしたご縁で、鍵山先生は松下政経塾の指導に関わられるようになりました。当時の塾生をご覧になって、掃除の大切さがなかなか理解できなかった理由について、鍵山先生はこう語られています。「おそらく塾生の方々の目標が小さかったからと思います。早く国会議員になりたいとか、名声を得たいとか、その程度のことが目標だったのではないでしょうか。本当は、国家の将来を考え、社会をよりよくしようといった大きな目標をしっかり持つと、人間というのは自ずから幅広い視野で物事を深く考えるようになりますから、掃除と言われれば、その意味をすぐに理解できると思います。しかし、あまりにも掲げる目標が低く、小さいために、そういう理解には至らなかったのだと思います。いわゆる頭がいいとか、知識が豊富な人が、大きな目標を持っているとは限りません。」

このお二人の出会いは、鍵山先生が50代、上甲先生が40代の時です。それから30年が経ち、お二人ともいわゆる「現役」は引退されていますが、今もご自身のことは二の次にされ、社会をよりよくするためにご尽力されています。鍵山先生は、「日本を美しくする会」を中心に、経営者、教師、若者などをそれぞれ対象にした各種勉強会で指導に当たられています。上甲先生は、高い志を持った若者を育てる「青年塾」を全国各地に立ち上げ、人材育成に貢献されています。

松下幸之助氏が、自分の死んだ後の日本のことを憂い、私財を投じて松下政経塾を創設されたのが、85歳の時です。自分の余生を考えるのではなく、後世のことを考える。こうした姿勢は、鍵山先生にも上甲先生にも共通するものです。今年で、鍵山先生は83歳、上甲先生は75歳になられます。高齢化社会と言われるようになって久しいですが、人間の生き様は、年を重ねると共に大きく違ってくると思います。

このお二人の共著が最近出版されました。『志を継ぐ』というタイトルで、「人はどう生きたらいいのか」という副題が付いています。この中で、上甲先生は、「施設に依存するお年寄りを増やすことばかりが高齢者福祉ではありません。もちろん体が弱ったり、病気になったりして自分で身の回りのことができなくなった方は別として、元気なお年寄りにはいかに社会参画して、人の役に立つ活動に従事してもらうかということをしっかり考えたほうがいい」とおしゃっています。一方、鍵山先生も、「いまの世の中を見ると、あらゆるものが劣化していっています。これを放っておくわけにはいかない。このままあの世に行ってしまったら申し訳ない。なんとかもう少しでもよくしたいと切に思います。私の力では、壁に小さな穴を開けるくらいのことしかできませんが、何もしないよりはいいと思います」とおしゃっています。

「生き様」とは、国語辞典には、「特徴ある人生観や人間性などで他を圧倒する、強烈な生き方」と書かれています。恩師とは、そういう生き様を学ばせてもらう人でもあるでしょう。よき生き様には、よき師との出会いが欠かせません。すでによき師に恵まれている人は、その縁を大切にしてください。まだ見つかっていない人、出会ってない人は、人生のよき師を求めてください。
卒業生の皆さん、よき生き様をめざして、これからの人生を歩んでください。皆さんが、本校の校名「開星」の由来の如く、社会の発展に役立つ有望な人材に成長されることを祈念して、私の式辞を終ります。
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