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KAISEIブログ - 校長よりカテゴリのエントリ

平成31年度入学式 校長式辞

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校長より
 
2019/4/9 13:33


【平成31年度開星中学校・開星高等学校合同入学式校長式辞】

 「風ひかり」、本校の校歌は、こう始まります。「風光る」とは、春の日差しの中で、そよ風が吹き渡る状況を言います。桜吹雪が舞い、まさに風が光る春本番を迎えました。
 そうした今日のよき日、ご来賓の方々、並びに新入生の保護者の皆様のご臨席をいただき、「平成31年度 開星中学校・開星高等学校 合同入学式」を執り行うことができますことは、私ども本校職員にとりまして、誠に喜びとするところであります。謹んで御礼申し上げます。
 さて、新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
 開星中学校へ入学する皆さんは、公立中学校にはない、入学試験という関門を見事に突破して、本校に入学されました。今年度の入学生は、18名と近年になく少ない人数ですが、今年度の入試は過去最高の不合格者が出ました。そうした選抜を経て入学する皆さんですから、高い目標と意欲を持って学校生活を送ってもらいたいと願っています。公立での中学校教育は、義務教育の最終段階として位置付けられています。しかし、開星中学校では、私学としての特色を活かし、将来大学進学を考えている人のために、島根県で唯一本校だけが行っている中高一貫教育を通じて、社会の発展に役立つ有望な人材へと成長していく基礎作りをしっかり行います。新入生の皆さんの大いなる飛躍を期待しています。
 公立中学校を卒業し、開星高等学校へ入学する皆さんは、義務教育を終えられ、進路として幾つかある選択肢の中から、本校を選び、受験、そして合格し、本日の入学式を迎えられました。島根県の高校入試は、年々中学校の卒業者数が減少しているに対して、募集定員は大きく減らないため、入学者が募集定員に至らない高校が公立・私立を問わず年々増えてきています。本年度は、本校も定員割れの状態で入学生を迎えることになりました。そういう状況ですので、例年以上に一人一人の入学生の皆さんによりしっかりとした環境を提供し、3年後、皆さんの進路選択が正しかったことが証明されるように指導してまいります。
 なお、高校入学生の中には、開星中学校23期生の諸君も含まれています。本学園で学ぶ先輩としての自覚の下、他の中学出身者や開星中学校の後輩をリード、またサポートしてもらいたいと思います。この式でも、最後に校歌を歌いますが、今この場で校歌を歌える新入生は、開星中学校出身の皆さんだけです。開星中学・高等学校の4年生としての自覚を持って、しっかり歌って、他の新入生の模範となってください。
 ところで、開星中学校・開星高等学校は、私立(しりつ)、ワタクシリツの学校です。私立学校が、公立学校と最も大きく異なるのは、その学校で行う教育の基盤に「建学の精神」がある点です。「建学の精神」とは、「その学校がどんな教育をめざして創立されたか」という理念、教育方針を示したものです。
 本学園は、今から95年前、1924年、大正13年に、大多和音吉・タカ夫妻によって創立されました。その「建学の精神」は、「品性の向上をはかり、社会の発展に役立つ有望な人材を育成する」ということでした。
 「品性の向上をはかる」とは、「よい心づかいで、よい行いができるようになる」ということです。「思いやりの心を持って行動できるようになる」と言ってもよいでしょう。皆さんは、思いやりの心の大切さについては、小学校でも、中学校でも、また、それぞれの家庭においても学んできたことと思います。しかし、自分では、「人のために」と思いやりの心を持ってした行いが、相手から喜ばれなかったり、よい結果につながらなかった経験はないでしょうか。私たちは、一人ひとり、立場や境遇も違えば、物の見方や考え方に大きな隔たりがあることもあります。また、その時々で心の状態も変化していくものです。そうした中で、よい心づかいで、よい行いをするためには、深い思いやりの心に基づく創造力、共生力、そして忍耐力が必要です。本校では、この3つの力を「つくる力」、「つながる力」、「もちこたえる力」と呼んで、大切にしています。これらの力を育み、品性の向上をめざしましょう。
 また、本校の「建学の精神」のもう一つの柱は、「社会の発展に役立つ」教育です。AI、人工知能に代表されるように、科学技術の発達が目覚ましい現代社会において、科学技術を宇宙自然界の中でよりよく活用できる冷静な判断力が求められています。これを本校では「先見先行教育」と呼んでいます。社会の先を見て先んじて行う教育です。
 今年は、あと1ヵ月足らずで「平成」の御代が終わり、「令和」という新しい御代となります。元号は、日本文化の象徴であると共に、時代の変化を理解するのにも役立ちます。大まかに言えば、「昭和」の時代は、前半が世界的規模の戦争に巻き込まれ、後半は、そこからの復興を果たし、経済的に発展した時代でありました。「平成」の時代に入ると、経済的にも政治的にも不安定な状態が続き、グローバル社会と言われながらも、内向き志向も強くなってきました。そして、「令和」の時代を迎えるにあたって、先行き不透明な社会であると言われています。ただし、このことは未来に希望がないわけではなく、一人一人が未来を切り拓いていく可能性が高い時代ということもできます。特に中学生、高校生の皆さんは、まさにその中心に位置しています。
 こういう時代ですから、学校もそういう人材を育てていくために、学校で行われている教育活動が、学校が担うべき本来の目的を担った取り組みになっているか再確認しなければいけません。学校は生徒の皆さんが、将来社会の中でよりよく生きていけるために教育を行うところです。学校で当たり前に行われていることが、この教育の目的を達成するためになっているか常に考えなければいけないと思います。社会の変革期には、より強く意識する必要があります。本校では、今年度から、高校普通科キャリアデザインコースにおいて、各クラス2人担任制を導入します。多くの学校で、クラス担任は、1人というのが一般的、言い換えれば「当たり前」とされてきました。しかし、海外においても、国内においても、クラス担任制を廃止し、学年全体でチームとして担任業務に当たったり、本校が導入するように、2人の教員がペアになり連携して1つのクラスの担任業務に当たる学校も出てきました。生徒のみなさん、一人一人の人間性をしっかり把握し、その可能性をより広めたり、高めたりできるような体制作りを推進します。これも先見・先行教育の一つです。
 以上、「建学の精神」の二つの柱について述べてきましたが、この「建学の精神」の具現化、具体的な形で取り組むために、毎年度、学校目標の年間テーマを掲げています。今年度のテーマは、「『時を守り、場を清め、礼を正す』を意識し、『場を清め』を完璧に」です。『時を守り、場を清め、礼を正す』という言葉は、聞いたことがある人もいると思います。真理を体得した人のことを「覚者」と言いますが、「日本の覚者」と呼ばれた森信三先生が提唱した人生の基礎・基本です。この3つの事柄は、いずれも大切ですが、今年度は、そのうち  「場を清め」を最優先に取り組みます。「場を清める」とは、「掃除にしっかり取り組む」ということでもあります。
「場を清める」、「掃除にしっかり取り組む」ということは、一見当たり前で、平凡なことですが、徹底して行うのは難しいことです。それだけに、根気をもって継続して取り組めば、非凡な力がもたらされます。「掃除の神様」と言われているイエローハットの創業者で、「日本を美しくする会」の相談役でもある鍵山秀三郎先生は、掃除をすると、次の5つがもたらされてとおしゃっています。一、心が磨かれる。二、謙虚な人になれる。三、気づく人になれる。四、感動の心が育まれる。五、感謝の心が芽生える。
 第一の「心が磨かれる」とは、心を取り出して磨くことはできませんので、目の前に見えるものを磨き、きれいにします。人の心は、いつも見ているものに似てきます。
 第二の「謙虚な人になれる」とは、どんなに才能があっても、傲慢な人は自分も人も幸せにすることはできません。掃除は人を傲慢ではなく、謙虚にします。
 第三の「気づく人になれる」とは、世の中で成果をあげる人とそうでない人の差は、無駄があるか、ないかです。無駄をなくすためには、気づく人になることが大切です。掃除を通じて、たくさんの気づきが得られます。
 第四の「感動の心が育まれる」とは、感動が人生を豊かにします。できれば人を感動させるような生き方をしたいものです。人が人に感動するのは、その人が手と足と体を使い、さらに身を低くして一所懸命取り組んでいる姿に感動します。
 そして、第五の「感謝の心が芽生える」とは、人は幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せになれます。掃除は、その感謝の心を育んでくれます。
 新入生の皆さん、是非、掃除のように一見平凡と思われることを根気よく取り組んで、品性に代表される非凡な力を身に付けてください。
 新入生の皆さんが、開星中学校・開星高等学校の「建学の精神」を心に刻み、自分の持ち味を見つけ、その価値を高め、開星の校名の由来のごとく「社会の発展に役立つ有望な人材」に成長することを期待し、式辞を終わります。
               平成31年4月9日
                  開星中学・高等学校 校長 大多和聡宏
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中学校卒業証書授与式 校長式辞

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校長より
 
2019/3/22 17:49

 弥生3月も彼岸の中日を過ぎ、寒暖を繰り返しながらも、風光る春の訪れが確実に感じられるようになってきました。
 そうした今日のよき日に、「平成30年度 開星中学校 卒業証書授与式」が卒業生の保護者の皆様のご臨席をいただき挙行できますことに深く感謝申し上げます。
 さて、開星中学校第23期生の皆さん、卒業おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。
 皆さんの今後の成長を期待して、これから激励の言葉を述べますが、皆さんは3年前、小学校の卒業式で校長先生がどんな式辞を述べられたか憶えているでしょうか。中には素晴らしいお話をされ、心にしっかり刻み込まれている人もいるでしょう。また、卒業式に臨むにあたって、自分の抱いていた思いに重なるお話をされ、深く共鳴した人もいるでしょう。
 私自身も、かつて小学校や中学校の卒業式に、児童生徒として臨みました。その際、正直なところ、もう何十年も前であることもあり、校長先生がどんな式辞を述べられた記憶にありません。私の同窓生の中には、憶えている人もいるかもしれませんが、私を含め、多くは憶えていないと思います。それはなぜでしょうか。私はこう考えます。私たちは、日頃、いろいろなものを聴いたり、見たり、読んだりしています。これらは、すべて学びです。その学びというものをどう捉えているかで、聴いても、見ても、読んでも、憶えていないということはあります。
 学びの捉え方として、ここでは二つに分けます。一つは「知識を憶えて、後で試され、評価され、比較されるもの」。もう一度言います。「学びとは、知識を憶えて、後で試され、評価され、比較されるもの」と捉える考え方です。もう一つは「新しいことを発見する喜びと、世の中を便利にしたり安全にしたりするために活用するもの」。もう一度言います。「学びとは、新しいことを発見する喜びと、世の中を便利にしたり安全にしたりするために活用するもの」と捉える考え方です。
 卒業生の皆さんは、学びをどちらで捉えているでしょうか。もし学びや勉強が嫌いな人であれば、前者の捉え方、すなわち「学びとは、知識を憶えて、後で試され、評価され、比較されるもの」と考えているのではないでしょうか。学んだことを理解しているかどうかをテストなどで試されることを意識します。そして試された結果は点数化され、クラスや学年などで比較されることをイメージします。結果が悪ければ叱られることもあるので、「学ぶことは苦しい」と思ってしまいがちです。一方、学びや勉強が嫌いでない人も、テストでよい点を取ることだけが価値があると思っていないでしょうか。
 もし卒業式の式辞を憶えているかどうかを後で試され、評価され、比較されるとしたら、皆さんの聴き方は違ってくるでしょうか。もちろん今話している内容を憶えているかどうかを、後で試したり、評価したり、比較したりすることはありません。ただし、試されないなら、話を聴いても意味がないと思うとしたら残念です。学びとは、新しいことを発見する喜びにつながるものです。この卒業式も含め、学びのチャンスはどこにでもあるという意識で、日々生活してもらいたいと思います。
 今、学校教育の在り方が大きく変わろうとしています。学力の定義も、これまで知識・技能とされていたものが、それに思考力・判断力・表現力、そして学びに向かう力も加えてられるようになりました。これは、AI革命、人工知能革命に代表される社会の大変革に対応するためです。もちろん、人類の歴史を振り返えれば、教育において変わるものもあれば、変わらないものもあります。今は、変わらないものもあるものの、大きく変わるものがある時代です。したがって、学びの捉え方が、とても大切になってきます。「学びとは、新しいことを発見する喜びと、世の中を便利にしたり安全にしたりするために活用するもの」と捉えることが重要です。
 学ぶ際、単に憶えるだけでなく、考えることを楽しみ、何かを発見する喜びを感じながら、広くて深い思考ができるようになれば、AI社会でも活躍できるようになります。また、皆さんが社会人になる頃は、職業に関係なく、また国内で働くとしても、国際性が求められます。皆さんの一年先輩の学年から、大学入試が大きく変わるのも、こうした背景があります。開星中学・高等学校では、そうした将来の社会情勢を見極め、「学び」についての捉え方をしっかり確立した上で、IT教育やグローバル教育も推進しています。その活動の中心を担うのが内進生の皆さんです。また、他の高校に進学する皆さんも、学びの捉え方が問われます。この開星中学校で3年間学んできたことを基盤として、さらなる飛躍をとげてください。
 ここにいる開星中学校第23期生の皆さんが、「開星」の校名の由来の如く、社会の発展に役立つ有望な人材に成長していかれることを期待し、私の式辞を終わります。
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 昨年12月28日4センチ、12月30日1センチ、年が明け1月26日1センチ、これらは昨年から今年にかけて松江地方気象台が観測した松江の降雪量、降った雪の量のすべてです。この冬は、このように大変雪が少なく、ここまできました。今日からは弥生3月、春の訪れが例年以上に早く感じられています。
 そうした今日のよき日、ご来賓の皆様、そして、卒業生の保護者の皆様のご臨席をいただき、「平成30年度 開星高等学校 卒業証書授与式」を挙行できますことは、私ども本校職員にとりまして、誠に喜びとするところでございます。本校を代表し、謹んで感謝申し上げます。また、来賓の皆様には、日頃から本校の教育にご指導ご鞭撻いただいておりますことを改めて御礼申し上げます。また、卒業生の保護者の皆様には、6年間、あるいは3年間ご理解ご協力をいただきましたことに重ねて感謝申し上げます。
 さて、3年生の皆さん、卒業おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。
卒業生の皆さんのこれからの人生が希望に満ちて価値あるものなるために、ある人物を紹介します。その人は、現在満97歳です。皆さんよりも約80年も長い人生を送られています。もし皆さんが97歳まで生きていられるとしたら、その時はどんな日々を送っているか想像してみてください。これからお話する方の人生の歩みの中から、よりよく生きるための何かを感じ取ってもらいたく思います。
 その人のお名前は、井口(いのぐち)潔(きよし)といいます。1921年、大正10年10月21日のお生まれです。小学校に入るや、満州事変、5.15事件、国際連盟脱退、中学に入ると2.26事件、その後、旧制福岡高校から九州帝国大学医学部に入学された頃には、すでに太平洋戦争が始まっていました。大学4年になると学徒出陣で軍医候補生となり、陸軍で働かれました。その年の8月終戦となり、混乱の中での大学卒業です。もの心ついた頃から戦乱の雰囲気の中で、常に死が間近にある青春時代を過ごされました。卒業生の皆さんはもちろんですが、私も経験したことのない苛酷な時代であったと思います。以下、「井口先生」と呼ばせてもらいますが、当時、井口先生は「若くして死んでしまうのが運命ならば致し方ない、死ぬその時までは、よく生きてやろう」と覚悟を決めて日々生活されたそうです。
 戦後、井口先生は九州大学大学院特別研究生、お茶の水女子大学理学部講師などを経て、九州大学医学部教授になられました。外科医として数々の功績を残されました。胃がん手術は2000回を超え、日本癌治療学会や日本外科学会の会長も務められました。63歳で定年を迎えられるにあたって、井口先生は「私がこれからやらなければならないことは、人間という生物の正体を学んで、人間の正しい精神の発達過程を明らかにする」ということに思い当たりました。そして、これがご自身に与えられた天命と考えられました。
 それまでの井口先生のご功績からすれば、定年後、悠々自適の生活を送ることも可能であったでしょう。また、戦乱の中で過ごした青春時代にできなかったことをやってみることもできたかもしれません。しかし、井口先生はご自分の定年後の人生を未来への貢献に尽力されています。定年を迎えられたのは、昭和の終わり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた頃です。その後、平成に入り、経済的にはバブルが崩壊しましたが、井口先生の目には、日本の社会が次のように見えていました。日本人があれほど強く願い求めてやまなかった平和な世の中のありさまは、「平和ボケ」をして、わがままや目先の楽しみ、楽なことに流れてしまい、「人間はいかに生きるべきか」という根本を忘れて、人間教育は荒廃に瀕している。これでは、物質文明は栄えても、人類が滅びてしまう心配がある。人間はいかなる生物であるかを見直して、心で生きる生物である「人間」の生き方を再確認しなければいけないと考えられました。
 井口先生の提唱された活動は、その後、今日まで30年余りの時代の流れの中で、紆余曲折もありましたが、これまであった「ヒトの教育の会」を今年1月に、NPO法人として再スタートされました。この「ヒトの教育の会」は、次のような考えを提唱されている団体です。霊長類ヒト科の動物として「ヒト」は生まれます。この「ヒト」を「人間」にまで育てる営みが子育てであり、人間教育であるという考えです。言い換えれば。カタカナで書く「ヒト」を漢字で書く「人」あるいは「人間」にするための教育です。生物学と脳科学の視点から、日本人の伝統的な教育や生き方に光を当て、「うまく生きる」より「よく生きる」ための教育の在り方を提唱されています。
井口先生は、NPO法人化するにあたって、次の言葉でその決意を述べられています。
「烈士(れっし)の暮(ぼ)年(ねん)、壮(そう)心(しん)已(や)まず。」少し難しい言葉ですので解説します。「烈士」とは、志や信念を貫き通す男のことです。「暮年」とは、晩年のことです。「壮心」とは、若々しいチャレンジ精神のことです。したがって、「烈士の暮年、壮心已まず」とは、「志のある人は、年をとっても、大志を持ち続けて努力する」という意味です。
 この「烈士の暮年、壮心已まず」という言葉は、2世紀から3世紀にかけての中国を舞台とする『三国志』に出ています。そこに登場する英雄の一人、曹操が晩年詠んだ詩の中にあります。小説『三国志』の中では、曹操は悪役になっていますが、実際の曹操は戦いに強かっただけでなく、学問も教養もあり、とても勉強熱心だったようです。遠征に行くのにも、常に数冊の古典を持って行き、敵との対戦中でも時間を見つけて目を通していて、晩年になっても本を手元から離さなかったようです。
 「烈士の暮年、壮心已まず」は、曹操自身が「自分がこうありたい」と願って詠んだものです。井口先生も、曹操の言葉に、自分の思いを重ねていらっしゃいます。人は、心の持ちようで若さが保てると、いろいろな先人が語っています。たとえば、多くの人に愛されているサミュエル・ウルマンの詩『青春』は、「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」という言葉から始まっています。いくつになっても、常にチャレンジ精神を持ち続けることは難しいことではありますが、高齢化社会が進展している今こそ、曹操や井口先生の生き様に学ぶことは大切だと思います。
 卒業生の皆さん、「烈士の暮年、壮心已まず」、年を重ねても、志を持ち続けて努力する人生を歩んでください。井口先生は、生物学を基盤とした人間教育を確立しようとする志を胸に、97歳の今でも尽力されています。志の中身は、一人ひとり違ってよいと思います。「平成」という時代が間もなく終わり、新しい時代の始まりにあたり、その新しい時代をよりよい時代にしようとする思いが根底にあれば、どれも立派な志です。皆さんが「烈士の暮年、壮心已まず」の精神を持って、本校の校名「開星」の由来の如く、社会の発展に役立つ有望な人材に成長されることを祈念して、私の式辞を終ります。
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高校卒業式 校長式辞

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校長より
 
2018/3/5 14:28

「気候」という言葉は、二十四節気の「気」と七十二候の「候」から生まれたものです。日本人は、伝統的に花や鳥、気象などの天地自然の変化を繊細にとらえた暦(こよみ)の世界に寄り添って暮らしてきました。「気候」の「候」を表す七十二候、今の時期は、「草木萌動(そうもくほうどうす)」。草木(くさき)が芽吹き始める頃です。冬枯れの野山の木々に、薄緑色の小さな息吹が現れます。この時季に降る雨を「木(き)の芽起こし」と言い、植物が花を咲かせるために大切な雨を意味します。
そうした新しい息吹を感じられる今日のよき日、ご来賓の皆様、そして、卒業生の保護者の皆様のご臨席をいただき、「平成29年度 開星高等学校 卒業証書授与式」を挙行できますことは、私ども本校職員にとりまして、誠に喜びとするところでございます。本校を代表いたしまして、深く感謝申し上げます。


さて、3年生の皆さん、卒業おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。
私は毎年、この場で卒業生の皆さんに餞の言葉を贈っています。今年度は、<素直>という言葉を贈ります。
この言葉についてお話する前に、4日前に閉会した平(ピョン)昌(チャン)オリンピックについて触れます。今回、日本は冬季大会史上最多の13個のメダルを獲得しました。競技そのものにも感動しましたが、試合後の選手が語る言葉にも素晴らしい学びをいただくことが多くありました。
 今回のメダリストの一人、小平奈緒選手は、スピードスケート女子500メートルで優勝した翌日のインタビューで、次のように語っていました。
金メダルをもらうことは、とても名誉なことですし、うれしいことです。けれど、メダルよりも私自身の中では、これからどういう人生を生きていくかが、より大事になってくると思います。
この言葉のように、小平選手は人間としての生き様を大切にしていることが、結果的にスポーツの世界でも頂点に達したと私は考えます。
 金メダルを取れる選手は、単にそのスポーツに優れているだけではなく、人間としての器が大きく深いように思います。ある日本の金メダリストが大切にしている表彰状の文面を紹介します。
 あなたは、教室で暴れたり仲間をいじめたり、我々同級生に多大なる迷惑をかけました。しかし今回のオリンピックにおいては我々同級生の期待に応え、不慮のケガにもかかわらず持ち前の力を発揮して見事に金メダルを獲得しました。このことはあなたの小学校時代の数々の悪行を清算しても余りあるものであり、我々同級生は心から誇りにするものであります。よってここに表彰し、最大の敬意を払うと共に、永遠の友情を約束するものであります。
 
この表彰状は、もう30年以上も前になりますが、1984年のロサンゼルスオリンピックにおいて、柔道無差別級で優勝した山下泰裕(やすひろ)氏が、大会直後に小学校時代の同級生からもらわれたものです。山下さんによれば、自宅の書斎には、オリンピックの金メダルも、その後受賞された国民栄誉賞の賞状など何一つ飾っていないそうです。ただ大事に飾っているのは、この同級生がくれた表彰状だけということです。
 山下さんは、小学校時代、とんでもなく暴れん坊だったそうです。ご両親は、「この子は将来、人様から後ろ指を指されるようになるのではないか」と、とても心配されました。そんな時、近所に柔道場ができたので、「柔道をすれば人様に迷惑をかけない人間になるかもしれない」とお母さまが考えられ、山下さんと柔道とのつながりができました。そして、山下さんに大きな影響を与えたのが、中学時代の柔道部顧問の白石礼介先生です。山下さんは、こう語られています。
普通だったら「やらされてやる稽古じゃなく、自分から進んでやる稽古をしろ」とか「しっかり目標を持て」とか「人の二倍、三倍稽古せよ」とか言われますよね。でも白石先生は「強くなるには素直な心が一番大事」と言われました。さらに、先生は「これはスポーツだけではなく、人生全般に通用する話だ。『一流』とか『本物』と言われる人物は皆、素直な心、謙虚な心を持っておられる」と言われました。
山下さんは、この白石先生の言葉を大切にして歩まれ、先に紹介したようにオリンピックでの優勝をはじめ、何度も世界一に輝かれました。その山下さんは、こうも話しておられます。
オリンピックで優勝し、国民栄誉賞までいただいたおかげで、私は普通では会えないような各界の一流の方や「本物」と言われる方たちと、これまでたくさんお会いしてきました。すると白石先生がおしゃっていたように、どの方も威圧感がなく、誰に対しても態度が変わらないし、誰からも何かを吸収しようという心構えが感じられました。
このように、それぞれの世界で一流になった人は、人間としての基盤がしっかりできている人、本校の「建学の精神」にある言葉を使えば、「品性」が磨かれている人ではないでしょうか。山下さんと同様に<素直>な心を大切にした人に、パナソニックの創業者、松下幸之助氏がいます。松下さんは、「経営の神様」と呼ばれましたが、経営についての松下さんの考えは、経営という一つの枠の中だけで物事を考えたのではなく、いつも経営の枠を超えて宇宙とか自然とか、我々を取り巻くすべてのものに考えを及ぼし、そこで得られた結論を経営に応用しました。その得られた結論とは、<素直>な心になって自然の理法に従うことでした。松下さんは、こう語っています。


本当の素直とは、自然の理法、すなわち本当の正しさに対して素直であること。自然の理法は、なすべきことをやっている。早い話が、お日様はきちんと東から出て、西に沈む。春が来て、夏が来て、秋が来て、そして冬が来る。人間のなすべきことをきちんとやれるかどうか。逆に、なすべからざることは絶対にやらない。そういう振る舞いができるかどうか。自然の理法に従うというのは、決して易しいことではない。本当の素直さが必要だ。
この松下さんの言葉は、先に紹介した山下さんの恩師の言葉、「強くなりたければ、素直になれ」にもつながると思います。
今年の卒業生の中には、3人もそれぞれの競技で高校生日本一になっています。それぞれ、卒業後も、さらに広い世界で頂点を目指してほしいと思いますが、その際、その基盤となるのは、<素直>な心づかいで品性をしっかり磨くことであると意識して歩んで行ってもらいたいと願っています。このことは、3名に限らず、ここにいるすべて卒業生の皆さんに期待しています。


卒業生の皆さん、<素直>な心づかいを大切にして、これからの人生を歩んでください。メダリストや経営者になることがすべてではありませんが、それぞれの道において、人生を<素直>に歩み、本校の校名「開星」の由来の如く、社会の発展に役立つ有望な人材に成長されることを祈念して、私の式辞を終わります。
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3月1日、開星高等学校の卒業式が挙行されました。
校長先生より、式辞の中で「恩師に出会うこと」についてのお話をいただきました。 
以下にその校長式辞の全文を掲載いたします。


弥生3月を思いがけない雪景色の朝で迎えました。春先の「木の芽冷え」というよりは冬のような寒さです。しかし、3月の声を聞くと、ヒバリやウグイスの初鳴きが楽しみになります。天地自然の営みは、間もなく風光る春の訪れをもたらしてくれると思います。

そうしたこのよき日、ご来賓の皆様、そして、卒業生の保護者の皆様のご臨席をいただき、「平成27年度 開星高等学校 卒業証書授与式」を挙行できますことは、私ども本校職員にとりまして、誠に喜びとするところでございます。本校を代表いたしまして、深く感謝申し上げます。

さて、3年生の皆さん、卒業おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

この式の後半に歌います式歌「仰げば尊し」にもありますように、恩師を持つことは、大切です。この3年間、あるいは6年間、本校で恩師に出会った人もいるでしょうし、すでに本校に入学する前に恩師を得ることができた人もいるでしょう。また、今後、進学先や職場で恩師とめぐり合うこともあるでしょう。そうした恩師に出会い、その教えやつながりを大切にすることは、人生においてとても重要です。

私にも、数人のありがたい恩師がいます。ここでは、その中からお二人を紹介します。毎朝、このご両人のメルマガを受信し、それを読んで、その日の活力をいただいています。6時50分に配信されるのが「鍵山秀三郎一日一話」。これは、鍵山秀三郎先生が相談役を務めていらっしゃる「日本を美しくする会」の配信です。そして、7時ちょうどに配信されるのが「上甲晃塾長一日一語」。こちらは、上甲晃先生が設立された「志ネットワーク」の配信です。

このお二人の出会いを紹介します。上甲先生は、松下電機産業、現在のパナソニックでサラリーマンをされていましたが、昭和56年、1981年、松下電器産業の創立者である松下幸之助氏が私財を投じて設立した松下政経塾に出向することになりました。松下政経塾は、松下幸之助氏が、新しい国家経営を推進できる有望な政治家の育成をめざして立ちあげられた私塾です。

「経営の神様」と謳われた松下幸之助氏は、「経営学の勉強だけをしても経営者にはなれない」というのが持論でした。同様に、松下政経塾でも、塾生に対して、「君たちは政治学の勉強をしただけでは政治はできないよ。それよりも立派な政治家になるための大事な勉強は徹底した掃除だ」と熱心に説かれていました。

ところが、塾生は、高い競争率の中、人物本位で選考された若者ですが、いわゆる学歴エリートと呼ばれる人がほとんどで、それまで熱心に掃除に取り組んだこともなければ、掃除が人生の大事な勉強ということが理解できない人ばかりでした。

松下政経塾で、現場の指導を任された上甲先生は、松下幸之助氏の思いを塾生に理解させ、取り組ませるのに大変苦労されていました。万策尽きて途方に暮れていた時、たまたま、松下電器産業時代の部下に、「松下幸之助さんが政経塾に来るたびに掃除をせいと言うけれど、塾生は理屈ばかりこねて誰も積極的に掃除をしようとしない。困ったものだ」と思わず愚痴をこぼされました。すると、その人は「うちのお取引先に面白い経営者がいらっしゃいます。お掃除にとても熱心に取り組まれています。一度会ってみませんか」と助言してくれました。その紹介された経営者が、鍵山秀三郎先生です。当時は、イエローハットの前身、ローヤルというカー用品販売会社の社長をされていました。今から、約30年前のことです。

上甲先生が、鍵山先生に初めてお会いに行く時のことです。ローヤルの本社がある最寄りの駅を出た所に一人で一所懸命掃除をしている男性がいました。その人に「ローヤルはどこですか?」と尋ねたら、「すぐそこです」と言って道案内をしてくれました。道すがら「そこの社長にお目にかかりに行くところです」と言うと、「社長は私です」という言葉が返ってきて、上甲先生は、あの時の驚きは今も忘れないとおしゃっています。

早速、掃除の実践を見学された上甲先生は、何もかもが目から鱗であったそうです。最も思い知らされたのが、政経塾の塾生が掃除をしない一番の理由は、指導する自分自身が掃除の意義ややり方をわかっていなかったということでした。自分がよくわからないままに強制的に掃除をやらせるから、ますます反発されて、塾生との対立関係が深まっていくことが理解でき、さらに、実社会で通用する本当の勉強や努力とは何かを鍵山先生の掃除から学ばれたそうです。

こうしたご縁で、鍵山先生は松下政経塾の指導に関わられるようになりました。当時の塾生をご覧になって、掃除の大切さがなかなか理解できなかった理由について、鍵山先生はこう語られています。「おそらく塾生の方々の目標が小さかったからと思います。早く国会議員になりたいとか、名声を得たいとか、その程度のことが目標だったのではないでしょうか。本当は、国家の将来を考え、社会をよりよくしようといった大きな目標をしっかり持つと、人間というのは自ずから幅広い視野で物事を深く考えるようになりますから、掃除と言われれば、その意味をすぐに理解できると思います。しかし、あまりにも掲げる目標が低く、小さいために、そういう理解には至らなかったのだと思います。いわゆる頭がいいとか、知識が豊富な人が、大きな目標を持っているとは限りません。」

このお二人の出会いは、鍵山先生が50代、上甲先生が40代の時です。それから30年が経ち、お二人ともいわゆる「現役」は引退されていますが、今もご自身のことは二の次にされ、社会をよりよくするためにご尽力されています。鍵山先生は、「日本を美しくする会」を中心に、経営者、教師、若者などをそれぞれ対象にした各種勉強会で指導に当たられています。上甲先生は、高い志を持った若者を育てる「青年塾」を全国各地に立ち上げ、人材育成に貢献されています。

松下幸之助氏が、自分の死んだ後の日本のことを憂い、私財を投じて松下政経塾を創設されたのが、85歳の時です。自分の余生を考えるのではなく、後世のことを考える。こうした姿勢は、鍵山先生にも上甲先生にも共通するものです。今年で、鍵山先生は83歳、上甲先生は75歳になられます。高齢化社会と言われるようになって久しいですが、人間の生き様は、年を重ねると共に大きく違ってくると思います。

このお二人の共著が最近出版されました。『志を継ぐ』というタイトルで、「人はどう生きたらいいのか」という副題が付いています。この中で、上甲先生は、「施設に依存するお年寄りを増やすことばかりが高齢者福祉ではありません。もちろん体が弱ったり、病気になったりして自分で身の回りのことができなくなった方は別として、元気なお年寄りにはいかに社会参画して、人の役に立つ活動に従事してもらうかということをしっかり考えたほうがいい」とおしゃっています。一方、鍵山先生も、「いまの世の中を見ると、あらゆるものが劣化していっています。これを放っておくわけにはいかない。このままあの世に行ってしまったら申し訳ない。なんとかもう少しでもよくしたいと切に思います。私の力では、壁に小さな穴を開けるくらいのことしかできませんが、何もしないよりはいいと思います」とおしゃっています。

「生き様」とは、国語辞典には、「特徴ある人生観や人間性などで他を圧倒する、強烈な生き方」と書かれています。恩師とは、そういう生き様を学ばせてもらう人でもあるでしょう。よき生き様には、よき師との出会いが欠かせません。すでによき師に恵まれている人は、その縁を大切にしてください。まだ見つかっていない人、出会ってない人は、人生のよき師を求めてください。
卒業生の皆さん、よき生き様をめざして、これからの人生を歩んでください。皆さんが、本校の校名「開星」の由来の如く、社会の発展に役立つ有望な人材に成長されることを祈念して、私の式辞を終ります。
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